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From ground to sky Oh,tomato!
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手紙の内容じゃなくて字に、なんか棘を削がれたかんじ。高校で出会った人は下手に利口だからか上手いことしか言わなかった。まずい発言をすることもなければ斬新さもないありきたりな知れた程度の言葉しか言えない、不安定じゃない関係を築くのを前提としたそんなもの。ずばりと言わないのはそこまで考える頭がないのかもしれない。とりあえず一見個性的に見えて、でも結局言うことは似たり寄ったりなある意味人間味の溢れる溜まり場だった。そしてそれが最近の人だよね、友だちとの関係をぎくしゃくさせないことが大前提、そんな雰囲気。仲良くなれなくても悪くないならまあそれで、そんな。突っ込んだことは言わずに相手の考えてることを読み取ろうとするような。一人で抱え込むなよと何度も言われるけど、話しても返事が予想出来てまさにその通りに返してくるからなんとも言えない。わかるよ、なんて言ったらいいのか迷うよね。そこで考えれることがないんだよね。私は何様なんだというかんじだけれど、教室に溢れる会話の生産性のなさに話すのが鬱陶しくなった。そこでの人間関係に興味がなくなった。本当は、それが高校をやめた一つの理由。
もちろん私が携帯の種類とか化粧とか、ほか色々な話題に関心をもたないというのも鬱陶しいと思ったことの理由だけれど。どうも話を合わせるということに意味を感じられなかったし。思考が反対向いてる人とわざわざ付き合う必要性もないと思った、あってもいらないと思った。まだまだ友好的に接していけたのは人を余分に気にかけることが出来る数人でしたさ。話す人は何人もいたけど一緒にいるかどうかを切り出す前に私が用事をつけたからその程度、私が臆病だったとも言えるかもしれないなあ。
元々協調性を年々薄くしてきた私で今は正直ないに等しい。律儀からも程遠いしどうでもいいものはどうでもいい。スタンスを崩さないから仲良くなった人も数えられるぐらい。付き合ってくれてありがとう?一緒にいて楽しいとは思っても感謝する覚えはない、そんなかんじ。
なんか色々話ずれたけどずれた先で言いたいような気がしたのはまあ自分勝手だってことかなあ?わからん。とりあえず私は自己防衛とかに急ぐ人種よりも馬鹿丸出しの奴のほうが好きだって話?言っちゃいけないのかどうかはわからんが中学から続いてる友達は馬鹿な子ばっかりだ!たぶん言ってもいいんだろうな、笑って肯定しそうだ・・・勉強面で馬鹿な子がほとんどで、あとはお節介多大とか面倒見のいいタイプとか、それから自分の道を突っ走るタイプ、本音をさらっと言うタイプ。とりあえず器用じゃない人ばっかな気がする。、かもしれない?うーん?まあ私も好き!と断言できないけど一緒にいるならいたでいいんじゃないかな、というそんなかんじ。一人が好きだけどまあいっかー、ってかんじ。笑
年賀状送ってこないでね、そうハガキ送った高校の友だちは二人。どっちもすごい心配してくれるからこれは言わなきゃならんよな、と思って送った。親身になってくれるのはすごい嬉しかったんだよ、言葉は拙くても自分のことで苦しんでそれを鬱陶しいと思うような性格はしてませんよ。非情じゃないもん。(・・・)鮎子さんとは偶然日曜に会って話したりしたし、もう一人から手紙が返ってきた。やっぱり書いてあることはまあ知れたことだったけど、でもなんか字がいいなって思った。全く関係ない話の気が私もするんだけど、その筆跡が好きだなあって思った。半分芸術に癒されたかんじ?こういうことで人を気に入ることが結構あるんだよ・・・笑。なんとなしに手紙を読んで昨夜から自分の人がちょっと変わった。無下に扱う妹に、トイレついていってあげたり(怖いからついてきてってだけ)朝から保育園まで送るのも手繋いで行ったりとか。なんかちょっと、棘が取れた気がする。なんでだろうなあ?なんか、腐った部分が新鮮になったそんなかんじ。(つまりよくわからない)字ってそんなもんかと思った。字によって気分悪くなったりするしな、汚いのはいいけど酷い丸字とかいかにも女の子、そんなやつがもう駄目だ。化粧の話に近い。否定はしないけど好きじゃないってやつ。
何もしてあげられなかったって手紙、空いてる日はいつだって言われた。カラオケ行こうと言っててなんだかんだで冬休みからいけてないんだよね・・・笑。私はプータローだからいつでも空いてる!とか書いてまあ都合のつく日に付き合ってもらおうと思案中。アホかお前はとか返されそうー、なははー。しばらく行ってないんだよ一人ならカラオケよりも家で歌うし付き合ってー。ものすごい歌いたいフラストレーションが。笑
にしてもとことんオフの話だけどオンではなすびが一番大好きです。ぎゃはは!落ち込んでたときに説教口調で返されたのがすごい私のツボっていうかね、やっちまったねなすびくんってかんじだ。釣りしようか迷ってたら海に突き落とされたかんじで楽しかったんだよ、ありきたりじゃないのっていいね。釣りしないの?釣りしたらいいんじゃない?私も一緒にしようか?そんなんじゃなくて海に突き落とすのか、っていう。(・・・)オフオン通して話してて一番楽しいのはたぶんなすび。まあなんとも比べられんがな、顔もしらない高揚感とかそういうのがありそうだし。オフで会ってたとしてそこで仲良くなるかって言われると微妙なところなんじゃねえかなあと思う、わかんないけど。とりあえずいなくなると寂しい一人だなあと。
にしてもいつから私は普通じゃないのが楽しいっていうようなそんな性格になったんだろうなあ?あれか、もう小っさい頃からそうだったんか、何かと妙なもんを作ったり妙なアイデア出して周りの人間に呆れられたり誉められたり尊敬されたりしてたと思う。小さい頃はよくても大きくなると目立つね、大人になり遅れたってわけじゃないと思うんだけど。子ども思考は時々思い出してああーってなるから子どもの視点も失くしてしまってるのがわかってる。思い出したいと思うけど、もうほっとんど無くなってしまったみたい。ほしいなあ。子どもから大人になるのは成長してるんじゃないね、物々交換してるだけ。視界が広くなった気がしてるだけで失くしてるものは実は多いって話、たまにフラッシュバックのように思い出すことしかもう出来ないよ。じわじわと変化していくから気付かないんだ、タイムマシンがあると何に驚くっていったらまずは昔の自分だね。話ずれてるし主旨も忘れた。これも一種の子どもから大人になるってやつか。笑
やっぱり今はなんだかんだで一番家族が好きだけれど、いつかもっと好きな人が出来るといいなあと思った。男でも女でもなんでもいいんだけど。ちゃんちゃん?(まとめにもなってないってこれ)

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万博の外周を走る道路と阪大の外周を走る道路に沿った家の前を通り過ぎていく道路。家の前から消防署の前までに出るまで何百メートルかあるけれど、その途中にはマンホールが六つぐらいある。
運転するお父さんに妹と後部座席で二人座って、それは忘れたけどどこかへ行っていた帰り道。家の前を伸びている道路だから良く通る。
そこに差し掛かったとき、ふと前から名前を呼ばれて私も妹も耳を傾ける。
「なに?」
「一つ目のこのマンホールは踏んでも大丈夫」
「え?」
黒いマンホールの上を通り過ぎる。何の変哲もなかった、がたりと揺れもしなかった。
「そして二つ目は踏んだらすごい音がして鬱陶しい」
そう言ってお父さんはマンホールの上を通り過ぎた。がたたん。揺れと共にべこっとかいう大きな音がした。
「三つ目も踏んだら音がする」
「そうなんだ・・・」
「へえ・・・」
そしてお父さんは三つ目のマンホールを避けた。
踏んだら音立てるマンホールなんて!と純粋に感動を覚えた日。たぶんこの歳になって聞いても同じような感動を受けると思うんだよどうでもいいことに感動するから。笑
まあ確かお父さんのこの話を聞いたのもそう昔じゃないけど。中学生のいつかだと思う。もう完全にお父さん何て言ってたかは覚えてなくて、正確な再現なんて出来てないけど。雰囲気はこんなかんじ。得意気に話すお父さんに聞き入る私と妹。
良く走ってたらまあ気づくんだろうけど、でもなんかこの観点はすごい気がする・・・。
こういうことを、忘れたくないなと思って。

お父さんの骨拾ってきました。ほねほね言ってたらお母さんにお骨でしょうがと笑われましたがまあいいじゃないか骨は骨。(・・・)せっかく与えられた機会だとまじまじと見てきました。箸を持つ手が震えなかったのはお母さんが震えていたための義務感からかなあ。
やっぱりぼろぼろ泣きました。すっきりしたとか書きつつやっぱ泣きまくった。二日連続で目腫れてたぶん明日も起きたらやはり目の細い私が鏡の前に鎮座してんだろ、最初から細いとか言わないでくださいよ。もう糸みたいな目になっちまってるんですよ。
ほんまお父さんはすごいよなあ、お通夜に来てくれた人が二百五十人、葬式に来てくれた人が二百人ってすごくねえ?スターみたいだ、生涯自慢の父だ。笑
どうしても大好きです。でも昔を思って泣くことはぼちぼちあると思うんですが現実見てくさ、今の家族を大事にするよ。

私の中でお父さんが30%をしめてたわけでもない。どのくらいを占めてるのってったら自分の考えが100%だと思うんよ。
けどさりげなく色んなところに関係してたんだろうなあ。お父さんが居なくなったことで現れてくる良いところ、お父さんが居なくなったことで隠れていく良いところ。現れてくる悪いところ、隠れていく悪いところ。どれが多いのかなんてわかるわけもないけど、とりあえずこれから出来てくものに生きてるお父さんが関与することはないんだなあ。今の私は、大げさに言えばお父さんが地盤みたいなもんだと思う。大げさに言わなくてもお父さんが関節みたいなかんじたと思う。なんて言ったらいいのかわかんなくて意味不明な表現になってるけど、それだけお父さんに憧れたときとか感動させられたとき、笑わせてもらったこととか怒られたことが多かった。ふと完璧に見せつつ、覗けばだらしないとこ丸見えってお父さんが誰よりもすごい気になってる。人は深いところを見ないといけないね、贔屓じゃなくお父さんもお母さんもすごいなと思うんだよ。こういう人になりたいって思うわけよ、やばいくらい親に恵まれてんのかな?笑
これからはもう自分の考えで自分が出来てくことになるんだろうなあ・・・迷ったときはお父さんならどうするかなって考えそうだけど、考えるだろうけど。
大きくなってからはお母さんじゃなくてお父さんと居た時間が長いから、居なくなると影響は結構大きいかもしれないなあ。その分の準備期間をくれたわけかな、闘病生活の一年間は。お母さんも同じ見解してる。

そう、なんだかんだで一気に悲しむところがなかったんよ。
去年、発症したときも前みたいに話すこともなく笑うこともなくなったけど、でも死んだわけじゃなくてちゃんと身体は生きている。それも死ぬ、ってところまでいったもんだから生き伸びたときの嬉しさが大きくて、そう涙が出ることもなかったと思う。そうやって一年過ごして。
今回も、本当に死んでしまったわけだけど。明るく話すお父さんが居たわけじゃなかったから、やっぱり悲しみが分散されたかんじ。火葬のときも、病理解剖をしたものだからお父さんと言っても脳もなければ内臓もない。中には綿花が詰まっているからほんとうに見た目だけ。そう思うと身体がなくなってしまうのにもそう悲しむことはなかった。
なんか悲しむところの重心、理由となる部分が全部曖昧にぼやけたかんじになったなあと思う。私の考え方がそうしている部分もある気がするけど、これもお父さんが図ったんだったりしてね。お父さんどこまでわかってたんだろうね。
それでも泣いたがな。お通夜と葬式を通しては、親族でも一番に痛いぐらいに。笑

ちょっと前に十六歳でお父さんの痰を吸引するとは、とか書いた気がするんだけど・・・十六歳で親の骨拾うことになるとは思わなかったなあ。
お父さんが死んで、その長女なので下顎も運んだし頭蓋骨も運んだ。下顎を持ったときに、パリッと音を立ててぼろぼろと崩れた前歯がいつまでも鮮やかに残ってそうです。忘れなさそう。
見せて笑った写真は歯磨き粉のCMにでもありそうだ、異常に綺麗で羨ましかったお父さんの歯。

ちょっと真面目に勉強してみるよお父さん、何度言ったかわかんないけど今度はなんか出来る気がする。

Oh,tomato! ... design by totoko, image by mozneko
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